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ここは、自分のこだわりを書き綴った場にしたいと思ってます。小説はすべて私の頭の中の妄想・空想を書き綴っています。


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独白記ー9

あと、よくマニアの間で話題になる話だと思うが、次の事についても書かせて欲しい。
よくマニア間で、着衣のままと、ランジェリー姿と、そして全裸での緊縛のどれが一番好きか?という議論がある。
もちろん、これも百人百様の趣向・御意見がお有りであろう。(当然である。)
DIDマニアの皆様方は、やはり着衣緊縛が1番お好きなのだろうか?
しかし、私は、もしそんな中で、1ポーズだけを選べと聞かれたら、次ぎのポーズを答えたい。

【下半身は着衣のまま。靴も履いている。そして上半身はブラジャー姿での緊縛猿轡】

日本人の撮った作品では圧倒的に少数派のポーズだと思う。
と言うより日本ではほとんど無いように感じる。
少なくとも日本女性のモデルで、上半身ブラジャー、下半身着衣で何か記憶に残る写真は全くない。
が、私はもっともこの構図が刺激的に感じる。
何故か本当に一番刺激的で、エロティシズムを感じるのである。
着衣だけだと、私のようなブラジャーフェチにはやはり少し物足りなく感じてしまう。
逆に、全部ランジェリーだと、女性の職業等(服装から年齢や性格・縛られた理由まで推理・想像したくなる性格なのです)への推理・推測が難しくなるし、裸と同様に直線的過ぎるように感じてしまう。
私は、1枚の写真から色々なシチュエーションを推測して、楽しむマニアだと自分では思っている。

これは以前、私が海外のあるサイトで偶然見つけた数枚の画像なのだが、金髪の美人が真赤なボ―ル猿轡を噛まされ、後ろ手に縛られて、椅子に座らされいる、という写真だった。
上半身は白いブラジャー姿、下半身は赤とグリーンのチェックのフレアミニスカートを履き、白いハイソックス、スニーカー姿、つまり着衣のままで足首と膝、太ももを縛られている。
髪はポニーテール。
上半身の筋肉は非常に鍛え上げられ、引き締まった身体に白いブラジャーが眩しかった。
そんな1枚であるが、この女性は女子大学生?チアガール?何かスポーツをしている子?あるいはファーストフードの店員?などと着衣が半分だと色々なシュチエーションが次々に浮かんできて、楽しかった。非常に記憶に残っている。
また、それ以上にその女性の緊縛姿は魅力的だった。
その上、着衣でもない、裸でもない微妙な気恥ずかしそうな表情が凄くエロかった。
1枚か2枚の写真で見る側を楽しませるには、職業や女性の性格、境遇を何か暗示させるような着衣を半分だけ見せ、あとは読者が想像を働かして、緊縛されるまでのストーリーや、女性の心の中を忖度して楽しめるような写真がもっとたくさんあって好いのでは,と思う。
半分着衣にすることで、裸や上下ランジェリー姿より想像が膨らます事が可能になると思う。
(もっとも最近の若い女性なら、着衣で縛られるのも、ブラジャー姿で縛られるのも、恥ずかしさに変わりないというのでしょうかね。見せブラなんて信じられないものがありますから。私のようなオジサンには理解を超えた感覚ですから。)

また、話があっちこっちに飛んで恐縮だが、ここでさっき話した空想の私の緊縛写真集の話題に戻る。
もし表表紙が、猿轡を噛まされたモデルの巨大な顔写真ならば、裏表紙は、その女性の後ろ手に縛られた後ろ姿にしたい、と思う。

ストレートに洋服の女性でも、もちろん良いのだが、趣向を変えて、例えばこんなのはどうだろう。

和服姿の女性の着物を脱がせ、長襦袢を剥ぎ取り、赤い腰巻に真っ白な足袋姿にしてから、後ろ手に手首だけを腰紐で縛ってみる。
畳みの上に、背筋をピンと伸ばさせてから、正座をさせる。
正座した太ももを縛り、足首も腰紐で揃えて縛り、足が崩せないようにさせてみたい。

そして、上半身だけ真っ白なブラジャー姿。
着物姿にブラジャーなんて有り得ないことで、凄くミスマッチだとは思うのだが、凄くエロティティックに昔から感じている。
髪は綺麗にアップに結い上げて、襟足の美しさを必ず見せたい。
純白のオーソドックスな2段ホックのブラジャーのバックスタイルを背中の中央で自己主張させるのだ。
モデルさんは、白くなめらかな絹のようなきめ細かい素肌の持ち主の純和風の女性が、和服にはお決まりなのかもしれないが、例えば、鍛え抜かれたスポーツ選手の硬い背中で、夏の水着の痕が背中に見えていても、結構エロいと想像してしまう。
2段2列の四角いホック部とバックベルトに焦点をグッと当てながら、襟足に絞り上げられた猿轡の2重の米結び目をきっちり見せたい。
口の中に、きっちりとたくさんの詰め物を噛まされている事が判る頬に、白地に千鳥柄の日本手拭が食い込み、口を開かされ、結びコブが口を上下に割るようにしっかりと嵌め込むように噛まされているのが判るように、美しい細面の顔を少し横に向けさせる。
すうーと通った高い鼻梁と怒りに震える片方の眼が判るアングルなのである。
正座で足が痺れ、苦痛なのだが、正座を崩す事が許されない。
そんな折檻を受けていると感じられる後姿はいかがだろうか。

しつこいようだが、想像して頂きたい。(私もすべて想像なのですが)
正座させられた女性。赤い腰巻。白い足袋。真っ白な2段ホックのブラジャーのバックスタイル。腋の下に食い込むブラジャーのワイヤーとサイドベルト。少し日焼けして水着の痕が残る肌。硬く引き締まった背中の筋肉。滑らかな肌と均整のとれた背中のシルエット。髪を結い上げ細く長いうなじと無粋な猿轡の結び目。頬を割り口奥までしっかり嵌めこまれた手拭の結びコブ。詰め物を噛まされてると判る括れた頬。ピンク色に染まった耳たぶ。頤のシャープなライン。高く通った鼻梁。怒りに震えながら必死耐えていると判る片方の眼差し。そして、グッと握り拳に力が入った後ろ手に縛られた手首。
いかがだろう?。
私は、この写真を裏表紙に使ってみたい。

それに、もうひとつ、ブラジャーは絶対に新品や特別セクシーなものではない事。
これも最後に付け加えさせて欲しい。
雑誌等のグラビアでみるモデル達に、もっとも失望するのもこの点である。
同じクラスや職場の想いを寄せている女性を、拉致した。
隣の家の綺麗な奥様をとうとう縛ってしまった。
そんな妄想を抱きたいのに、新品の下着では、映像越しに匂いや生活臭が全く伝わってこない。その女性の日常生活が見えてこないのである。
緊縛猿轡された女性に「へえー、君ってこんなブラジャーしてるの?意外だね!」と下着のセンスを話してあげたら、どんな顔をするだろう、なんて想像してみたくなるのである。
勝負下着ではなく、もっと日常自宅で身に付けているような近くのスーパーで買ったような、安物の使い古したような、糸が解れていたり、ブラジャーのホックが外れかかっているような下着を見たいものである。
女性ならそんな恥ずかしい下着を他人には見られたくないと思うのだ。
しかし、そんな恥ずかしい普段着の下着姿で縛られ、ズームで撮影される。
手で隠し、「やめて!」と言いたくても、緊縛・猿轡で隠すことの出来ない女性の無念な表情が魅力的に思えるである。
日頃から好意を抱いている女性、一途に想いを寄せているような女性を縛って猿轡を噛ませてみたいという妄想を抱く際に、綺麗なドレス姿や特別なコスチューム姿より、私はジーンズにトレーナーやTシャツ、下着も普段着というシーンにリアリティを感じてしまう方である。
そのようなコンセプトで作られたビデオは非常に少ない、と感じている。
私が述べてきたようなリクエストはやはり少数派なのだろうか?

取り留めもない話を長々と脈絡も無く書き綴ってとても読みにくかったと思います。
これを以って私の独白記とさせていただくことに致します。
ありがとうございました。

独白記-8

更に付け加えさせていただく。
時代劇をご覧になる方ならお分かりだと思うが、時代劇に出てくる猿轡には2種類の用途が使い分けられている。
もちろん一つは声を出すことを防ぐ目的の猿轡。
しかし、時代劇限定かもしれないが、もうひとつ舌を噛んで自害することを防ぐ目的の猿轡がある。
私は、ある時(何時からかははっきり憶えていない)この自害防止の猿轡に特別な魅力を感じるようになった。
ドラマの中で、自害防止に噛まされた猿轡には、心臓が張り裂けるような興奮を感じるのである。
私自身「猿轡を噛まされる事」またその顔を他人に見られる事が、この世で最高に恥ずかしい恥辱で屈辱的であると感じる人間である。
私ならそんな恥辱を他人に見られるくらいなら、事前に舌を噛んで死んでしまいたいと思う人間である。
それなのに、自害防止に猿轡を噛まされる人間の心の襞を忖度すると、やはり自害防止の猿轡が特別最高の恥辱だと考えてしまうのである。
その昔、時代劇で松平純子さんや松阪慶子さん、山口いずみさんや片平なぎささん、小林由枝さんらが噛まされた竹で作った猿轡は、そういう意味で私には特別な猿轡だと言わざるを得ないのである。
そんな視点で猿轡を分類してランク分けを昔からしてきたと思う。
私は何とか現代のボンデージビデオで自害防止の猿轡を美人が無念にも噛まされるというシュチエーションを誰か作ってくれないかな~と念願している次第である。
海外のビデオにも、まず存在しないシチュエーションではなかろうか?。


それから、特に最近の私は「女性は30歳からが美しい」という言葉を実感している。
確かに10代や20代前半の女性には若くてはちけれるような美しさがある。
しかし、私の偏見かもしれないが、縛られ猿轡される女性のモデルには、羞恥心のない、ただ「若さ」だけが取り柄の女の子は絶対に似合わないという気持ちがある。
時折雑誌等で見かけるのだが、女子高校生くらいの女性が、半分お遊びみたいにボール猿轡を嵌め、恥らいが微塵もない表情をしている写真を見かけるが、それが例えどんな美少女であっても、不思議なほど何も感じない、逆に醜悪な感じすら受けてしまう。
反面、30歳前後からの女性には体の曲線に柔らかさや色気がある。
経験を積んだものだけが持つ優しさや艶やかさがある。
身悶えする姿に、年輪を重ねた者だけが持つ心の恥らいや、「こんな姿、他人には見られたくない」という女性の羞恥心があるように感じるからである。
猿轡された顔は、年齢を重ねるにしたがって、羞恥心が増えていくように感じるのである。

ところで、女性自身は、いったい何歳くらいから自分の顔のお肌に自信をなくされるものなのだろうか?
至近距離からお肌を見られるのは「イヤッ!」、ばっちりメイクしている(思いっきり厚化粧)のが判るほどの近さからは「見ないで!」という顔に、顎が動かせないほどの厳しいコブ噛ませ猿轡を嵌め、頬や口元に皺が出来て、目許の小皺やお肌の衰えが隠せない女性の自分の顔を、至近距離から撮影される恥ずかしそうな表情の「素敵なおばさん」の心の恥らいや羞恥心がわかる写真に、非常に魅力を感じてドキドキしてしまう。
最近の私は、年齢や外見とは別に、「心の恥らい」とか「女性としての矜持」とかが表情に顕れた女性のボンデージに心を動かされるのである。

子供の頃から、テレビのDIDシーンによって、猿轡好きになった私は、やはり今でもテレビの美人女優のDIDシーンにはやっぱり関心がある。
そこで最近感じるようになったことがある。
若い頃、美人人気女優・美人歌手だったような女優が、結構歳を取ってから、テレビで厳しい噛ませ猿轡を嵌められるシーンを見ると、格別なものを感じるのである。
頬を割るように猿轡が嵌められ、小皺がたくさん見える「おばさん美形女優」に女性の物悲しさが垣間見え、絶妙の色気を感じてしまう。
その女優さんが、若い頃本格的な猿轡シーンの無い女優さんであれば、一層格別な趣が
あり、「よくぞその歳になって猿轡シーンを見せてくださいました。」最高に嬉しくなってしまうのである。


最近よく中国の古典を読むのだが、中国晩唐の詩人・杜牧の名詩『山行』に『霜葉は二月花よりも紅なりき』とある。
冷たい霜を経た真赤なかえでは二月の花(桃の花)より紅くて美しいという詩である。
これは、人生の辛酸を経験した妙齢の女性は、ただ若いだけが取り柄の娘より魅力的であるということだ。
将に名言である。 
そう思って一句考えた。
  『桃よりも 紅いかえでに さるぐつわ』
いかがろう?

独白記-7

また、話が変わる。
これまで観た日本のSMビデオでどうしても理解出来ないことがある。
それは、猿轡された女性モデルの「眼」である。
恍惚に浸るように眼を瞑ったり、死んだ魚のようにトロンとした言葉を発しない死んだ眼をしたモデルのいかに多いことか。

猿轡を噛まされて快感を感じている女性の顔、眼を閉じて何かを耐えているような女性の顔をみるのが好きと言う方が、やはり多数派なのだろうか?
特に私の場合、時代劇なら気位の高い武家女、気の強い女剣士、覚悟を決めたくの一、現代劇なら辣腕な女刑事とか無鉄砲な女新聞記者とかのDIDシーンが大好きである。
そんな男勝りで勝気な女性達(もちろんマゾでもレズでも無い)は生け捕りにされ、猿轡を噛まされたら、口惜しくてキッと睨み返してくれると思っている。
まさか恍惚の表情で眼を瞑り、うっとりと「快感!」なんて表情は浮かべないと思うのである。
この点が、私にとって最大の疑問点であり、正直不満なのである。
やっぱりこれって少数派の願望なのだろうか?

猿轡とは、言葉を封じる道具ではなく、「眼」に言葉を発せさせる道具だと思うのである。
猿轡を噛まされた女性が今どんな気持ちであり、何を訴えたいのかを伝える道具が活きた「眼」なのだと思うのである。
「眼」が猿轡を噛まされた女性の『命』なのである。
私は、カッと眼を見開き思いっきり眼から感情を発散させている女性の顔が好きである。
眼を開き、視聴者と会話が出来るような猿轡シーンが余りにも日本のビデオには少ないように感じて昔から不満に思っていた。
それはビデオの女優の資質が劣り、眼で演技する能力がないのか、はたまた、日本のマニア諸氏が、やはり猿轡シーンでは眼を閉じるような女性の顔を望み、製作者側がそのニーズに応えているのか、昔から疑問に感じていることである。

眼で感情を表現するという点では、海外のボンデージビデオの方が優れているように以前から思っているのだが、海外事情に詳しい方にお伺いした程である。


また、昔の思い出話をさせていただく
1980年に引退したSMの女王・谷ナオミの引退記念写真集の付録のポスターを憶えておられる方はおられるだろうか?
ふすま2/3ほどの大きなポスターにハミ噛ませ猿轡をされた彼女の顔のドアップがあった。写真全部が彼女の巨大な顔という写真であり、すごいインパクトがあった。

もし、仮に私が、緊縛写真集を出版することがあれば(そんな事はあり得ないが)その表紙には、私好みのモデルを選び、その女性の猿轡された巨大な顔にしたいものである。

真ん中に大きな結びコブを作った日本手拭で、口いっぱいにすっぽりとコブが嵌るような大きな本格的な厳しい猿轡をモデルに噛ませてみたい。
手拭は、白地に千鳥や格子柄の手拭を選んでみる。
そして結びコブの布のよじれ具合が鮮明にわかる位のアップにしたい。
コブの括れ具合にもこだわって、幾筋を縊れ筋の出来た、硬くギュッと絞り上げたと思わせるような括れた結び目にしたいものである。
詰め物をした上で大きく口を開かせ、結びコブをかっぽりと嵌め込まれた時の、僅かにに覗き見える白い前歯と、赤い唇の皺と猿轡の手拭の捩れ。
手拭を唾液で変色させてみたい。そこまで長時間噛ませてから撮影してみたい。
本当に厳しく締め上げられたと思わせるくらい、口にぎっちりコブを噛ませてみたい。
この時、髪の上から猿轡を巻くのではなく、女性の髪はアップにさせ、頬、耳の下、そして細いうなじの素肌にしっかりと締め上げるのである。
何故か手拭の真ん中に結びコブを作った猿轡のよじれに、猿轡を噛まされた女性の怨念が滲み出ているような気がするのである。
よじれ具合がはっきりみえる結びコブには、表面がツルツルのボール猿轡にはない被虐感があふれているように感じて、私は断然一番好きな猿轡である。

その上で彼女には,もうこれ以上無いと言うくらいの「怒り」の表情をさせる。
屈辱、恥辱、憤慨、反抗、無念、嫌悪、憎悪という「怒り」のエキスが全部詰まった顔をさせるのだ。
まなこの奥底に「怒り」の炎が燃えている「口惜しそうな眼」、悔しくて堪らずに結びコブを思いっきり噛み締めている口のアップ。 
結びコブが唾液で変色し、白い歯や左右に引き伸ばされた唇の皺。頬に食い込んだ猿轡で頤まで縦皺が出来、毛穴の一つ一つまではっきり解るくらいに間近からの顔のアップ。そんな女性の顔の細部をしっかり表現するのだ。

写真集のタイトルまでも、すでに決めている。(何故かずっと昔から決めています)
『猿轡の恥辱』。恥ずかしくて口惜しい辱め。
「猿轡」とは女性の自尊心にもっと恥辱を与える行為のような気がしている。
(これも私の想像であるが)。
「恥辱」とは、女性にとってもっとも『猿轡』という代物を云い得ている言葉だと思うのである。

独白記-6

それでは、本丸の猿轡シーンについてのことを色々書かせていただく。
まず、ある本で読んだことがあるのだが、
「人間の性欲中枢は、後天的なものであり、3歳頃から7歳頃までの間に形作られる。
男性の性欲中枢は、女性の約2.7倍の大きさであり(決して男が女の2.7倍スケベという事でないとの事)幼少期の過ごし方よって、その発育具合が決まる。その発達程度の差異が、性愛の違いになる。同性愛や不感症なども決して先天的なものではなく、幼少期の育ち方・性欲中枢の発達の違いである。」
そんな内容の本を昔読んだことがある。
私の猿轡が好きという趣向・性癖もやはり性欲中枢に起因する現象なのだろうか?
最近よく考えることである。

私の今の諸々のフェチも、やはり幼少期に原因があるのだろうか?
性的趣向は、決して持って生まれたものではなく、後天的な「何か」が要因で生まれるものらしいのだ。
しかし、今思い返しても決して私の「噛ませ猿轡好き」という性的趣向の、決定的な原因やトラウマになるような出来事が思い出せない。
本当に何故私は「猿轡」に異常に興奮する人間になったのだろうか?。
出来ることなら、その原因を知りたいと、最近特に感じることなのである。
自分なりに、本当にいろいろ幼少期の記憶を辿るが、本当に自分では思い当たる事がないのである。

ただ、あえて探してみた。
4.5歳の頃だが、その頃、隣の家に同い年と1歳年上の2人の姉妹がいた。
医者の娘で、可愛くて知的だった(という記憶)。
毎日のように3人で遊んでいた。
この1歳年上の女の子が、私の憧れであり、心のライバルだったような気がする。
この子には何をやってもかなわなかったし、心の奥にいつか追い越してやりたい、という競争心があったのは憶えている。
もしかしたら、あの女の子に対する劣等感やいつかは彼女を克服したい、征服したい、打ちのめしたい、なんていう欲望が、縛られた女性を見て興奮するようになった原点なのかもしれない、などと記憶を辿りながら勝手に考えている所である。
縛り=相手を征服する=興奮、という図式が幼少期にはあったような気がするのだ。
何か女性に対する劣等感と競争心が、私の猿轡の趣向に対する趣向の原点なのではないだろうか。

ここで、私の今現在の猿轡の趣向を書かせていただく。
私も、人それぞれに好みの猿轡が千差万別で或る事は承知している。
インターネット時代になり、たくさんのマニアの趣向を知るにつけ、好みの猿轡のジャンルや噛ませ方、素材がマニア毎に百人百様であることを知らされた。
インターネットに出会うまでの私は、世の中の大半の猿轡マニアは皆、噛ませ派だと勝手に思い込んでいた。
私は、正直いろんな猿轡派が実際存在するのを認識して、びっくりした事を憶えている。
考えてみれば、それは仕方ないことであり、百人百様なのは当然だな、と思う。
それを承知で持論を書かせてもらう。

よく女性の顔の美しさが損なわれるような猿轡に嫌悪感を持ち、被せやガムテープ、コブ無しハミ噛ませが好きなマニアが多いことは承知している。
例えボール猿轡や結びコブのある手拭の猿轡でも小ぶりの方が良い、その方が女性の顔が美しく見える、という向きも多い事も知っているが、私の場合は、大きいボール猿轡や大きな目の結びコブの手拭猿轡で、少し間抜け顔になるくらいの大きさ・強さで必ず赤い唇が綺麗に見える噛ませ方にに魅力を感じてしまう。(ユルユルは論外である)
前にも書いたが、思春期の頃は唇を割って猿轡が噛まされている事が重要であり、結びコブが無くても噛ませであれば十分に満足していた。
それが、段々歳を経るに従って、口を開かせるような猿轡に魅力を感じるようになり、最近は頬がひょうたんのように括れ、伸びきった顎に皺がよるくらい大きな結びコブ(ボール)の猿轡が噛まされた女性に魅力を感じるようになった。

そして、本来、猿轡とは言葉を封じるものである故に、全く言葉が話せないようにするには詰め物をするべきである。
私は、詰め物は大賛成だが、詰め物が外部から見えるのには幻滅を何故か感じてしまう。
おそらく赤い唇が見えない事が原因だと思う。
本当に不思議なことだが、詰め物の布が口の中からはみ出している猿轡は魅力が半減してしまうのである。

しかし、「言葉を封じる」という目的とは別に、猿轡にはもうひとつ女性自身に屈辱感を与えるという役目があるように私には思えるのである。
実はこの効用に私の場合、多いに心が動かされているように思うのである。

これは、一度女性に本心を尋ねたいのであるが、うら若い女性にとって、厳しい猿轡をされた顔、それも被せやガムテープではなく、頬が歪むほどの噛ませ猿轡された顔を友人や職場の同僚に見られたら死ぬほど恥ずかしのではないか?という事である。
それはもしかしたら、全裸や下着姿を見られるのと同じ位、あるいはそれ以上に恥ずかしく感じることではないですか?と聞いてみたい。
なぜなら、女性にとって顔とは、命と同等な位大切な場所であり、その大切な物が他人によって歪められる悔しさ、恥ずかしさ、屈辱感は何物にも替え難いものであるはず。
どうなのであろうか?
もしかしたら、私の勝手な思い込み、想像なのかもしれない。
私には、「猿轡されることは非常に恥ずかしいこと」という思い込みがあるからかも知れない。

私は、美人やプライドの高い女性、社会的地位の高い聡明な女性に対して、口や顎が全く動かせない位詰め物をされた猿轡を噛ませて、悔しそうな顔を見ることに征服感や優越感を感じる方である。
実際、節操が無く、羞恥心の欠片もないようなパッパラパーのお姉ちゃんの猿轡シーンを見ても何も興奮しないのである。
高嶺の花のような、心にプライドを持ったような女性に猿轡を噛ませるからこそ、征服感や陵辱感を感じることが一層出来るのである。

猿轡とは、女性を征服する事の象徴であり、赤い唇が左右に伸び、顎が固定され、さも言葉を完全に封じられた、何も反論出来ない、舌を噛んで死ぬ事も出来ない、大事な顔を歪められ悔しい、そう思わせる女性の顔に特別な魅力を感じる。
大きな結びコブの猿轡が好きな理由も、その事によって女性の顔が滑稽になり、何か美人に心理的な屈辱感を与え、陵辱し屈服させる代用品なのではないだろうか。
きっとモデルの女性は嫌だろうが、そのような猿轡に惹かれるのは、女性に屈辱感を与えて楽しみたいという、私の心の歪みなのではないだろうか。

また、その屈辱感,無念さに必死で耐えている女性の姿にエロティシズムを感じるのである。
顔を大きく変形させたり、顔の一部を責めて女性にダメージを与えるシーンは大嫌いなのだが、口を大きく開かされ、頬が歪むような猿轡で、美形の女性の顔が、少し間抜けに見えるくらいに厳しく噛ませた猿轡が私の最も好みなのである。

独白記ー5

脇道に逸れてしまったが、本文に戻らせて頂く。

では、これまでどんな女性のどんな姿にDIDシーンを夢想し、エロティシズムを感じてきたかを次に書かせていただきたい。

また、しつこくちょっとブラジャーの話をさせて頂きたい。
これまで、私が見た(テレビ等の公共映像で)透けブラ女性でもっとも好きだったのは、数年前に引退した女子プロテニスプレーヤーの伊達公子選手の透けブラシーンである。
憶えておられる方はいるだろうか?かなりマニアックな話題で恐縮である。
テレビに映るテニスのプレー中の彼女は、白いテニスウエアにオーソドックスなバックスタイルの白いブラジャーがいつもくっきりと透けていた。
試合が進むにつれ、汗でウエアがびっしょりと濡れ、私好みのブラジャーのバックデザイン(どんなバックデザインかを言葉での説明が難しい)が背中にはっきりと浮き上がり、そのキュートな背中のボディライン(日本の女子スポーツ選手の中には、ドラム缶のような酷いボディラインの女性がかなりいますもんね!)と相俟って、もっとも私の好きな「背中」の女性であった

テレビを見ながらいつも、控え室に帰ってきた汗だくの彼女を拉致したいなんて妄想に耽っていた。
出来たら、びしょ濡れのウエアのまま、後ろ手に縛り上げ、小麦色の頬に、結びコブを作った紅いスカーフの猿轡を、口を割って厳しく噛ませ、日焼けして汗の滴るうなじで絞り上げてみたい。
筋肉のすじが浮き上がったような鍛え上げた細く頑丈な足を揃えて縛り、その上で汗でぴったり吸い付いた白いテニスウエアに透ける白いブラジャーを堪能してみたい、透け透けになったシャツの上からブラジャーのカップをそっと指先でなぞるように触れ、乳房をゆっくりとモミモミしたら、彼女はどんな顔で睨み返し、どんな呻き声をあげるだろう、なんて考えていたものである。
理由もわからず、突然控え室から拉致・監禁・緊縛・猿轡をされたテニス選手。
化粧が落ち、ノーメイク状態の彼女。
全身から汗の湯気がたっているような彼女が、身を震わせ怒った顔で誘拐犯を睨みつける姿を想像していた。
健康な鍛え抜かれた肢体の、スレンダーな美人スポーツ選手のウエアに透けるブラジャーは、私とっては特別なシーンなのである。
きっと、彼女の上半身は、トレーニングで鍛え上げられた凄い身体をしていただろうし、きっと彼女の浅黒い素肌には白いブラジャーが良く映えただろうなあ、と想像してしまう。

【ロシアの妖精のシャラポア選手がプレー中ノーブラで、背中にブラが透けないのが非常に残念に思う今日この頃です。非常に透けブラ栄えする背中だと感じてます。
本当に胸ポチより私は透けブラをみたいのに。
それからまた、最近もタレントとしてよく見かける元バトミントン選手の陣内貴美子さん(もうかなりおばさんになりましたが)、彼女の現役時代のプレー中の透けブラ後ろ姿にも想像してよく萌えたものです。古い話ですみません。でも素敵な後ろ姿でした。
そして、最近のお気に入りは、女子ゴルフ選手のミッシェル・ウイ-選手。
顔はイマイチなのだが、とにかく背中がいい。
まさか、この歳になって、10代の小娘の透けブラをテレビ画面で必死で探そうとは思っていませんでした。でも、素敵な背中をした子です。これから長い期間、眼を楽しませてくれそうです。】

あともうひとつだけ、私の実体験で痺れるシーンを書かせて欲しい。
私は、10年程前に、仕事帰りにスイミングスクールに通ったことがあった。
そこのインストラクターに、私好みの小顔で細面のボーイッシュな顔立ちの美人がいた。
田舎には珍しいくらい垢抜けしたの美人のインストラクターがいたのである。
27歳の元体育大学の水泳選手だった女性で、168CHの長身で脚が長く、水泳選手特有のちょっと肩幅があり、肩がふっくら盛上がっているが、見事なプロポーションのキュートな女性であった。
プールの中の彼女は、もちろん化粧を施しておらず、ノーメイクの健康的なツルツルの素肌は、水滴が光り、間近で見ても美しかった。
スイミングキャップで纏められた髪の後ろ毛、長いうなじ、水が流れるように弾く弾力のある滑らかな肌。
丸い肩とセパレートの水着から見える硬質の引き締まった背筋がとても魅力的だった。
スポーツで鍛えられた健康的なナイスプロポーションの眩しい美人。
講習の間、若い女性のノーメイクの素顔が持つ「究極の美」を至近距離からいつも堪能させてもらっていた。

ある日、ジュニアクラスの指導が終わった後らしく、シャワーを浴び、白いポロシャツに着替えた彼女と、プールサイドで出会い挨拶したことがあった。
濡れた長い髪を、簡単にクルクルっと巻き上げて後ろでアップしていて、もちろん化粧もしていない、口紅もさしていない素顔の彼女。めっ茶キュートであった。
「こんにちは!」と挨拶する彼女の白い歯が凄く眩しくて、濡れた若い女性の黒髪が目に痛いほど目映くて、笑顔の素敵なさわやかなスポーツウーマンの魅力が満ち溢れていた。
真っ白な薄手のポロシャツ姿で、バストは結構小ぶりらしく小さな丘が盛上がる程度の膨らみであった。
そして、背中には綺麗に白いブラジャーが透けて見え、見事な背中のボディーラインがシャツ越しに透け、ブラジャーのバックスタイルのセンスも申し分のない最高の透けブラシーンだったのである。
スイミングスクールの制服であるトレーニング用の短パンに、サンダル履き。
引き締まった綺麗な長い脚は、嫉妬したくなるほどであった。

世にあるほとんどのビデオに出演するモデルは美人だが、ばっちり化粧をしている。
いかにも、撮影の為にわざわざお洒落をし、魅惑的な下着を身に着けているように感じる時があって、がっかりする事が往々にしてある。
私は、例えばポロシャツにジーンズのようなありふれた衣装に、ノーメイク(全くのスッピン)の女性の緊縛・猿轡シーンというのも絶対に取り入れて貰いたいシーンだと思っている。
この時の、何の飾りっ気もないインストラクターの服装が、逆に「健康な若い女性の色気」とは何かを見せつけられた気がして、着飾って化粧をばっちり施した女性とは全く違う「色香」が漂っていた。
あの時の彼女を縛って猿轡してみたいのである。
何も飾らない、ただ「素」の魅力だけの美人のDIDシーンを鑑賞してみたいものである。
(素顔に猿轡された女性の顔とか、マニア諸氏は興味ないのだろうか?妙齢の女性にとって素顔を他人に見られる事ってかなり恥ずかしいことなのではないのだろうか)

独白記ー4

独白記

では、何故私が、女性の背中のブラジャーのバックスタイルにフェチを、一体いつ頃から感じるようになったかを自分なりに解析してみた。その話を次ぎに聞いて欲しい。

その原点になったのは、自分では中学3年の時だったと思っている。
当時,私は1人の同級生と淡い交際をしていた。
当時の超アイドルの木之内みどり似のキュートなちょっと可愛い子であった。
しかし、胸の発育が非常に遅く、クラスで彼女だけがブラをしていなかった。
ちょっと可愛そうに思っていたが、可愛さ余ってよく貧乳である事をからかっていた。
白い体操服姿だとすぐに透け具合からノーブラだとわかったのだ。
しかし、中3の夏頃であったと思う。
ある日、体操服姿の彼女の背中に2本のブラジャーの肩ヒモが透けて見えたのである。
途端に胸がドキドキしたのを憶えている。
そして、私の熱い視線に気づくかのように、彼女は私の方を向くと、「え!」と言う顔をした後、(実は今日からなの!)将にそんな顔でちょっと恥らうように微笑んだのである。ちょっと顔が赤らんだような気がした。
(私がそう感じただけかも知れませんが)
今でもはっきりとその時の彼女の表情を憶えている。
将に気絶しそうなくらい心臓が高鳴ったのを鮮明に憶えている。
そのブラジャーを生でみたい、触ってみたいという衝動だったと思う。
急に彼女が大人びた女性になったような気がしたものだ。
その女の子とは、その後、高校も同じであり、それから毎日彼女がどんな形のブラジャーを身に着けているか「背中の透け」を観察するのが、私の日課だった。
きっとそれからではないだろうか?
私が女性の透けブラに異常な関心を持つようになり、私が「女性は自分の背中のブラジャーの透けを見られる事は気恥ずかしい」という現代女性からしたら噴飯もののような「今では古臭いような固定観念」に捕らわれたのは。
そして、私が逆に背中の透けを見ることが、「女性の恥らい」を見れることのように錯覚したのは、この時からだと思う。

ここで脇道に逸れるが、彼女についての想い出話をグダグダさせていただく。
この貧乳の女の子が、正確には私にとっての初恋の女性だった。
丁度彼女の「透けブラ」をみた同じ中学3年の体育祭の頃だった。
水戸黄門第5部がテレビ放映されている頃であった。
(もしかしたら、再放送だったかもしれない、記憶が曖昧です。)
安里姫演じる「小林由枝嬢」が、玄竜演じる「天津敏氏」から有名な竹轡を噛まされる伝説の2話があったシリーズと言えばお分かりだろうか。
あのシリーズで小林由枝嬢は何回も玄竜に捕らえられ、猿轡されたと記憶している。
小林由枝嬢は当時16歳。現役の高校生だったはずである。
中学生の私には、ほんのちょっと年上の同世代のお姉さんだった。
物凄く演技が下手で、その為一層捕らわれのシーンが被虐的だった。
とにかく竹轡シーンは見ていて物凄く興奮したのを憶えている。
噛ませ猿轡マニアには堪らないほどの秀逸作品だったはずである。
内容は説明いらないと思う。とにかくメジャーな作品である。
当時、物凄い視聴率だった「水戸黄門」で、あれほど強烈な竹轡を噛まされたアップシーンを長時間全国に放映され、女子高生の彼女って恥ずかしくなかったのだろうか?
学校に行ってどんな顔で同級生の男の子に会ってるのだろう?。
同性の女の子はどう感じたのだろう?とか色々想像したものだ。
自害防止の竹轡を厳しく噛まされた彼女の顔は、本当に気恥ずかしくて舌を噛みたいのではないか?と思いたくなるほどインパクトを私に与えるものだった。

そしてその数日後、私がクラスの男女の仲間数人でお喋りしていた時だった。
何かの話からテレビ番組の話になり、その中で「私の家は、両親が大の時代劇好きで、いつも時代劇ばかりなの!。だからその歌番組みてないの!」
とそんな事を貧乳の彼女が言ったのである。
私はすこしドキドキしながら「じゃ、例えば水戸黄門とかもよく見るの?」
と尋ねたと思う。
彼女は「うん。昔から私も毎回欠かさず見てるよ。」そんな感じの返事だったと思う。
あの竹轡シーンを、この貧乳の想いを寄せている彼女が見たと想像して、胸が潰れるほどドキドキしたのを憶えている。
どんな気持ちの見ていたのだろう?とか、ドキドキしながら恥ずかしいなんて思いながら見ていたのだろうか?とか想像するだけで興奮したのだ。
それからは、いつも授業中の彼女の可愛い横顔を見詰めながら、彼女が竹轡をしっかりと口を割って噛まされている姿を夢想したものである。
私は、彼女の裸を見たいとかの願望より、彼女の猿轡された顔を見たいという願望が強烈になった。
あの頃の私には、好きな女性、想いを寄せる女性が噛ませ猿轡されている顔を想像すると興奮してしまう性癖がもうすでにあったのである。

今でも「水戸黄門」の「小林由枝嬢」の猿轡シーンをインターネット上で見かけると、思春期の淡い想いが込み上げてきて、貧乳の彼女の透けブラと重なって甘酸っぱい気持ちになってしまう。
猿轡とブラジャー姿にフェチを感じるようになった原点はきっと中学3年の秋だったと、自分なりに思うのである。
それにしても「小林由枝嬢」は、どんな気持ちであの猿轡シーンの撮影に臨んだのだろうか?。
思春期の女子高生にとって、気恥ずかしくなかったのだろうか?心のトラウマになっていないのだろうか?等々、今思い出しても考えてしまう。

更にこの貧乳の女の子との想い出話を書く。
私達は高校3年の時も又同じクラスになった。秋の文化祭の頃だったと思う。
クラスの男女数十人で、田舎の大きな農家の一軒家で酒盛りをした時の事である。
彼女を含む男女各3人ほどが、途中から敷地内の離れのような部屋に場所を変え、お喋りを始めたと記憶している。
すると、テレビで「江戸を斬るⅢ」が再放送されだしたのである。
「悪徳検校」というタイトルで、この日再放送がある事を知っていた私が、さりげなくチャンネルを合わせていたのである。
「藤村有広」演じる悪検校が町娘を拉致してきて、猿轡を噛ませるシーンがある。
町娘は「村地弘美嬢」であった。
頬が歪まされるコブ噛ませ猿轡が強烈で、マニアならご存知の有名なシーンである。
男女各3人がお喋りしている時に、とうとう村地弘美嬢が気を失ったまま駕籠に乗せられて拉致されてくるシーンになった。
「さあ、息吹き返さないうちに、猿轡を噛ませておしまいなさい」と悪検校が命じると、1人の手下が、気を失っている村地弘美嬢の口を左右から頬を押して開かせ、もう1人が結びコブの有るグレーの手拭を無理矢理押し込んで、猿轡を噛ませるのである。
ふっくらした彼女の頬が捻まくれ、唇が変形する厳しい猿轡だった。
そこで村地弘美嬢は覚醒すると、「むむむんん!」と呻き声を出す。
「今頃気がついたかい!ふふふ、もう手遅れだよ!」と悪検校が笑うと、傍に付きそう毒婦の杉本真知子が「可哀想に!」と妖艶にほくそ笑むシーンだったと思う。
このシーンも噛ませ猿轡マニアに垂涎ものの秀逸作品だったと思う。
そのシーンを見ていたひとりの男友達が「おぉ!いいなぁ!」と言うと、傍の女生徒が「やだぁ!」と大きな声を出したのだ。
私が、マニアだったからだろうか部屋の中に初めて経験するような澱んだ空気が漂ったような気がした。
私は興味なさそうな態度を装いながら、貧乳の彼女(この頃も相変わらず胸は小ぶりだった)を見た。
彼女は照れ臭そうな顔をしながらも、私の視線に気付くと、何とも言えない微妙な微笑みを浮かべたのだ。
私の想像だが、猿轡というものが思春期の女性にとって気恥ずかしいものであったが為の恥らいでなかったかと今でも思っている。
彼女の反応を見たくてチャンネルを合わせていた私の作戦はこうして大成功に終わった。
もちろん、彼女の心の中を聞くことは出来なかったが、何十年たった今も、鮮明に憶えている微笑だった。とにかく、冷静を装いながら、私の心の中は大興奮だった。
女性の裸とかSEXシーンの話とかとは比べ物にならないくらい、私の青春時代に置いて強烈な思いが残る記憶である。
この2つのテレビDIDシーンは、私にとっては特別な存在になっている。

独白記ー3

そして最近の私の趣向を書かせていただく。
確かに若い頃は、やはり顔の綺麗な女性や密かに想いを寄せる女性などの透けブラに関心があった。
が、しかし、長じて最近は顔や年齢とは別に、スタイルのいい美しい背中のボディラインをした女性の背中の透けブラに特に眼が行くようになった。
そして、ブラジャーと同じ視線で、その女性の背中のボディラインにも特に気になるようになった。
つまり、背中のラインの美しい「背中美人」やうなじの綺麗な「襟足美人」に特に視線がいってしまうようになったと感じるのである。
立ち姿の美しいスレンダーな女性を後方から見るとドキッとする。
いまや、後ろ姿の美醜は、私にとっては最大のチェックポイントになっている。
(ある意味、顔の美しさや、年齢以上に)
長年女性の透けブラに関心があったからだろうか、最近はグラビアの裸体においても、バストやヘアー以上に「美しい背中」であるか否かに関心が多いにいってしまうように感じる。

しかし、「美しい背中」といっても人それぞれ感じる背中に違いがあるではないだろうか。
私自身の勝手な基準で大きく分ければ「体育会系」と「文化会系」に背中を分けられるのではないだろうか。
それは、決して骨格や身体の線の太さという意味ではなく、筋肉質な引き締まった背中か、あるいは柔和な丸みを帯びた背中かという違いである。
私自身は前者のスポーツ等で鍛え上げられたキューと引き締まった筋肉に覆われた硬質な背中に魅力を感じる方である。
これも独断と偏見で言えば、妖艶で柔和な「文化会系」には、柔肌に厳しく食い込む荒縄という表現が似合う「SM」。
鍛え上げられた筋肉と弾ける硬質の肌の「体育会系」にはキューと絞られた白いロープが似合う「ボンデージ」というイメージがある。
更に付け加えると、引き締まった硬質の少し浅黒いような背中には、何故か純白のブラジャーが一番映えて美しいというイメージを持っている。

また数年前からは、同じように女性の「綺麗な襟足」にも眼を奪われるようになった。
街を歩く女性が髪をアップにして、綺麗な襟足をみせた女性を見かけると、「ああ、この襟足に手拭の2重の米結びの『結び目』をつくってみたいなぁ」なんて想像してしまうのである。これってかなり危ない兆候と感じている。
つまり、ブラのバックスタイルフェチが昂じて、背中フェチ、うなじフェチになったような気がしている。

さらに、もっと脱線させていただく。これはもっと恥ずかしい告白である。
実は私は女性がブラジャーを外した時、背中からわきの下の白い素肌にかけてくっきりと残るブラジャーの赤い痕(くぼみ)にとても興奮する。
本当にこれには最高に胸がドキドキするのである。
普段から見慣れていないからだろう。
何故なら週刊誌のグラビア写真のヌードでもヘアーは満載ではあるが、ブラ痕は決して見かけないのである。
(これは、以前から本当に不思議に思っている事である。ブラ痕に興奮する男性の方がやはり少数派なのだろうか?、というより、男性諸氏は、女性のブラを外した後の赤い窪みなど性的な幻滅を感じるのだろうか?などと考えてしまいます。)
それ故なのだろうか、何かその女性の一番特別なエロチックな裸が見れたような気がして最高の気分になる。
それはバストやヘアーを見たのとは比べようもないくらい嬉しい。
初めてのエッチの時、ブラ痕を拝めると「とうとうこの女性を手に入れちゃった!」なんて気分になってしまう。
本当に私もヌードボンデージは決して好きではないのだが、例えばむっちりした肌にぴっちりと食い込むようなブラジャーを身に着けたまま緊縛・猿轡されていた女性が、次ぎにブラを外されると、背中からわきの下までブラのバックデザインがくっきりと赤く残っているシーンを常々是非見たいと思っている。
ついにブラを外された女性の恥ずかしくて、口惜しそうな表情と、「ンンン・・」と噛み締めた猿轡。背中と腋の下に赤く残るブラ痕と二の腕から肩に残る外されたブラジャー。
想像するとかなりエロチックなシーンだろうと想像してしまう。
(根本的な疑問だが、女性は下着の痕を男性に見られるのをどう感じるのだろうか?今更中々他人には聞けない恥ずかしい質問であり、永遠の疑問である。)
しかし、残念ながらこれまで述べたような私の「背中のこだわり」を満足させてくれるシーンをビデオで見た記憶が私には、ほとんどない。
緊縛・猿轡された女性の「後姿の魅力」を存分に味あわせてくれるビデオへのニーズがきっとほとんどないのであろう。
将に出会った事がないというのが私の率直な感想である。
(もっとも、それは私がSM及びボンデージビデオ専門で、それも自分が好きな猿轡シーンを中心にしか見ていないという条件付きではあるが)
1)、せっかくの着衣緊縛、それも透け易い白いブラウスのモデルであっても「ブラ透け」が写っていない。撮ろうとしない。
2)、やっとブラジャー姿で縛られても高手小手の緊縛で身体中が縄だらけだったりで、背中のブラジャーの艶かしさを堪能出来ない。
3)、やっとブラジャーが外されて、裸のシーンになったら背中や腋の下のブラ痕は全く消えている。
こんなことにに欲求不満を感じてビデオ鑑賞しているのは私だけなのだろうか?。
今まで他のサイトでの同好のボンデージマニア方々の記述や会話の中でも「背中への不満」読んだこともないので、きっと私だけの特異な趣向なのだろう、と思ってあきらめてはいるのだが。
特に不必要とも思えるような胸や背中や二の腕を縄で幾重にもグルグルに縛り上げ、日本古来の緊縛美とかいって、縛りのテクニックを見せ付けるような邪悪な縄師と呼ばれる人たちのSMビデオには毎度毎度激しい失望感を味わったものである。
「背中の美」が台無しなのである。
(それでも懲りずに毎日レンタルしていた自分も情けないのだが。)
もっと「女性の背中の美しさ・艶かしさ」を丹念に見せて欲しいと常々思っていた次第である。

独白記ー2

独白記―2

では、まず最初に、ボンデージやDIDの趣旨とは大きく逸脱する話を長々とさせていただくが、どうかご容赦頂きたい。
かなり勇気のいる告白である。
私の中学生のような恥ずかしい趣向をお話させていただくので、お笑い種と思われるだろうがお付き合いをお願いする次第である。

実は私には、思春期の頃から女性の背中に透けるブラジャーに強く惹かれる趣向がある。
つまり「透けブラフェチ」なのである。
本当に恥ずかしい話だが、いい年をした大人になった今でもこの性癖は変わらない。
夏、街で「いい女」とすれ違うとつい後ろを振り返ってブラの透け具合を確認してしまう。冬でも、身体のラインが判るような、ぴったしの薄手のセーターの背中に浮き上がるブラのストラップやホックの盛り上がりが気になって仕方ない。
ただし、誤解されないように、あえて申し上げるがどんな女性の背中にも興味がある訳ではもちろんない。
ここであえて許容範囲の基準はお話しないが、『限られた女性の限られた背中』に対してのみである。
そして、実際は最近の若い女性に多くみられるような、これ見よがしの透け透けには非常に嫌悪感を抱き、ブラが透けないように背中の透けに充分に気を配っていると感じさせる奥ゆかしい上品な女性が時折見せてくれる「透けブラ」に魅力を感じるという天邪鬼でもある事も申し上げておく。

私は「透けブラフェチ・ブラジャーフェチ」ではあるが、もっと細かく言うと、特に「バックスタイルフェチ」なのだと思う。
カップの谷間とか、胸の膨らみとか色気を感じても、それほど気にならない。
ショーツをはじめ他のランジェリーについても、特別な思い入れも実はない。
女性の後ろ姿のブラジャーのバックデザインが気になるのである。
どんなバックスタイルのブラジャーであるかが最大の関心事なのである。
これは、非常に稀有なおそらく私特有の趣向なのかもしれない。
つまり、最近流行のヌーブラなる代物は、私のような者にとっては、将に眼の上のたんこぶのようなもので、何の魅力の欠片も感じないのである。

ところで、私自身の独断と偏見だが、背中の透けブラにも上品なセンスのいい透けブラと無粋で野暮ったい透けブラがあると常々感じている。
それはブラの色やバックデザイン・スタイル、ストラップの長さやバックベルトの太さ・大きさ、ホックの形状やホックを留める背中の位置であったり、服からの透け具合、女性の背中のボディラインの美しさ等々とで決まるように思う。
どんなにおしゃれしていても、背中の透け加減、下着の浮き上がり加減をみて幻滅を感じる女性がいる。
いくら顔が美人でも、百年の恋もいっぺんに冷めてしまうほど野暮ったくダサいと感じる透けブラもあるし、「なんかセンスあるよなぁ、お洒落な女性だなあ、」まるでその女性の感性までもが「粋」で「素敵」に思える程、魅力的な背中の透けブラもあると思う。
こんな視点で女性を観察いるのは私だけなのだろうか?
いったい世の女性たちは、ブラジャーを購入するときに、背中のバックスタイルを考慮しながら購入しているものなのだろうか?、などと考えてしまう。
昔から非常に関心があることなのに、こだわりが強すぎる事柄については、どうしても恥ずかしく女性に尋ねることが出来ずにいる。情けない話である。

しかし、この女性の背中の「表情」こそ、その女性のファッションセンスそのものが表れると以前から感じている。
何故なら女性の正面からの「表情」は顔も胸も服装も全て誤魔化すことの出来る虚構の「表情」が往々にしてあるのではないか、と思う。
それに対して、背中の「表情」こそ誤魔化しの効かないその女性の美意識そのものだと思うのである。
特に最近はキャミとの「透けのコラボレーション」に如実にその女性の美のセンスが表れると思う。
私個人の趣向で言えば、キャミやスリップ等を身に着けている女性には、何故か大いに幻滅を感じてしまう方である。
素敵な背中をした女性なのにキャミした女性の透けを見ると無粋だな~と思ってしまう。

この背中の「表情」に充分気を配るおしゃれをする女性こそ最近、私は本物の「美人」と思うようになった

こんな私のような男の背中への視線を、世の女性達や下着メーカはどう思っているのかを以前から考えていた。
そんな時、あるブラジャーに精通した業界通(透けブラ通)の方のコラムを読んだことがある。
その方曰く、やはりほとんどのブラジャーメーカーは、今だに身体前面からの見栄えにばかり着目しており、どんなバックスタイルが男性諸氏からセクシーに見えるかの研究は疎かになりがちだと聞いた。
やはり、そうなのかな!としか思えなかった。
テレビCMをみても、通販カタログの写真を見ても、バスト部ばかりを強調している。
その方曰く、このブラジャーの見栄えの感覚は、乗用車の世界に似ているとも話された。
車のCMを見ていると、車前方からの映像が圧倒的で、カタログなども大体が前方からの見栄え重視である。
しかし、実際、他人の車を見る時、前方からは、道路ですれ違う一瞬なのに対して、例えば、自分と同じ車種の車の後ろに就くと、「ああーこんな風に俺の車も見られているんだな!」と感じながら、長時間まじまじとその車を後ろから見るという事になってしまう。
他人の車に関して言えば、長く見る時間量は後方から方の機会が圧倒的に多いと思う。
ブラジャーも同じである。
女性のブラジャーを見る時間量は後方からの量が、圧倒的に長いのである。
こんな内容であった。

私も、街で見掛ける女性の姿を見る機会は後方からの方が多いように思う。
例えばオフィス街を歩く時、前を行くOLの後ろを見ながら歩き続け,信号街で交差点で立ち止まれば、前に立つ女性の後ろ姿が自然と目に入ってくる。
素敵な透けブラ女性の場合、追い越してから振り返り女性の顔を確認してしまう。
もっとブラのバックスタイルについて考察が業界でも盛んになるべきである、とその業界通の方はコラムに書かれていた。

独白記ー1

女優ランキングをしばらく休憩させて下さい。暇な時に書き溜めていた文章がとうとう底を尽きました。中々忙しくて22位からの筆が進みそうもありません。以前、他のサイトで告白した「独白記」を掲示していないことに気付きました。
数年前に書いた文章です。読み返すと変な文章もありますが、そのまま掲載します。ご容赦下さい。


独白記―はじめに

自分の記憶を辿ると、私はすでに幼少期の頃からテレビドラマやアニメで女性が捕らえられ縛られるシーンを見ると、胸が異常に高鳴る子供だった。
それが、特に猿轡シーンにのみ特化するように特別にドキドキ興奮するようになったのが、いつ頃からだったかは定かに記憶にない。
しかし、小学校の高学年の頃、テレビ時代劇「隠密剣士」の「松平純子」さんが竹轡されるのを見て、心臓が飛び出すほど興奮したのをはっきり憶えている為、10歳の頃にはすでに噛ませ猿轡フェチだったのだろう。
中学生の時、ドラマで被せ猿轡シーンを見ると、「何でしっかり噛ませないんだよーー!」と心の中で叫んでいたのを憶えているので、きっとこの頃から噛ませ派一本だったのだと思う。
中学から高校の頃になると、刑事ドラマやサスペンスドラマのような現代モノよりも、時代劇の中に出てくる手拭での猿轡、それも被せ猿轡ではなく噛ませ猿轡により興奮するようになっていたように思う。
たぶんそれは、現代劇の噛ませ猿轡にタオルが多く使われ、ユルユル感が多かったからだろう。
その点、時代劇の噛ませの方がより厳しくしっかり噛ませた猿轡が多かったように思う。
しかし、まだこの頃は、はみ噛ませ、それもほんのちょっと銜える程度の噛ませでもそれなりに満足していたように記憶している。

そして、中学2年生の時、友人の家で、友人の兄のSM雑誌を偶然見つけ、裸で縛られ、手拭で噛ませ猿轡を噛まされた和服の女性の写真を初めて見たときの興奮は、物凄いものだった。
世の中に「SM」という緊縛の世界があるんだと知り、それから頻繁に10km程離れた街まで自転車漕いで、本屋さんを覗きにいくようになった。
一般書店ではSM雑誌など中学生では中々見れず、主に古本屋さん中心であった。
それでも、写真入りのSM雑誌を堂々と立ち読みする勇気はやはりなかった。
しかし、当時の古本屋には「SM時代劇耽美小説」というような名前の単行本(ほとんどが昭和30年代から40年代の出版)がたくさん並べられていた。
(平成になってからは、さすがに田舎の古本屋では見かけなくなくなったが。)
ちゃんとした厚めの表装の本で、物語もしっかりしたSM時代劇小説だった。
隠密が暗躍し、くの一や芸者、お姫様や剣の達人の女剣士とか登場しては次々に捕らえられ縛られ猿轡をされるそんな物語なのである。
その小説なら本屋さんも売ってくれて、自宅でこっそり何十回も読み返しては、自分なりに物語を、頭の中で再構築していろいろなDIDシーンを夢想したものである。

そして、当時は時代劇ドラマが結構多く、ほぼ毎日のように何かしらゴールデンタイムに時代劇番組があっていた。
自分の好きなタイプの女優さんが時代劇に出演していたら、自分が夢想する内容・ストーリーで捕らえられ猿轡されないだろうか、などと毎日のように勝手にストーリーを想像し、そして、それだけで十分興奮することが出来たと記憶している。
春や秋の番組改編期になると、新番組の時代劇のレギュラー女優と役柄をチェックしては、その女優のDIDシーンを夢想する、そんな思春期だったと思う。
そんな事を考えると、私のDIDに対する原型は映像や画像以上にやはりストーリー(文章)からだと思う。
余談になるが、その頃、どうしても噛ませ猿轡シーンを見たい女優が、当時若手美人NO.1女優の松坂慶子さんだった。
私の中では、もっとも輝いていた美しい女優さんだったと思う。
特に「江戸を斬る~梓右近隠密帖」に出てくる彼女は、若衆姿の剣の達人という役柄でとても凛々しいかった。たぶん20歳前後の年齢だったはずである。
何とか彼女が猿轡されるシーンが見たくて、いろんな時代劇に出演する彼女の番組を欠かさず追いかけたと記憶している。
でも中々彼女の猿轡シーンが見られず、この女優さんの猿轡シーンは無いのかもしれないとさえ思ったことさえあった。
そういう意味で、最初に彼女が噛ませ猿轡された「水戸黄門6部・忍びの女」で若衆姿のまま自害防止の結びコブ噛ませ猿轡を頑丈に噛まされた瞬間の興奮は、今でも鮮明に憶えている。
また、同じく猿轡の大御所・山口いづみさんも、「雑居時代」というホームドラマで彼女の大ファンになり、何とか彼女の猿轡シーンを見たいと念願していた女優さんだった。(私の中では。)
彼女が「江戸の旋風・娘ごころの秋」で最初の噛ませ猿轡(かなりユルユルでしたけど)を見せてくれた時も大興奮でした。
まさか2人がその後、食腸気味になるまで、猿轡シーンを見せてくれるとは、当時全く思いもしなかった。


脇道にそれたが、私は文章が脳に入り、自分好みのタイプの女性や好きなストーリー、そして台詞廻しに変化させてから楽しむ構造になっているように思う。
空想する女性のタイプは、時代劇小説に登場するような清楚で高貴で勝気な美人、操を守るためなら自害すら厭わないような武家娘のような女性が、やはり私のDIDの原点なのだと思うのである。

そして年を経て、二十歳になった頃、世の中にホームビデオが普及するようになると、SMビデオばかりレンタルショップから借りてきて鑑賞する青年になった。
この頃から鮮明に、手拭の真ん中に結びコブを作った噛ませ猿轡か、口を大きく割ったボール猿轡にのみ興奮するようになっていた。
口を開いた状態でしっかりと噛まされていないと、満足出来ない趣向がはっきりと自分の中に出来上がっていた。

それ以来、SMビデオのパッケージに、噛ませ猿轡の写っているものばかりこれまでにレンタルと購入を合わせると、軽く1000本以上のボンデージやSMビデオの猿轡シーンを見たと思う。
(まあ、マニアの中ではかなり少ない方だとは思うが。)
しかし、残念ながらここでも自分の趣向の深層を、グッとワシ掴みしてくれる作品とは、出会った事がないというのが本音である。
かなり高評価出来る作品もあるのだが、はっきり言ってどこか何かが物足りないのである。
画龍点睛を欠くという感じが否めないのである。
それはモデルの質であったり、物語であったり、ファッションや縛り、猿轡や撮影アングル等など。
必ず何処かが不満なのである。
「俺だったら、あとちょっとこんなシーンに撮影するのにな~。」という部分が必ずあるのである。

それは、やはり私の趣向が特殊なのだろうか?。
私の心には,私特有のこだわりが多い為だろうか?
100%私の心を満たしてくれなかったのである。
これから書く文章は、そんな私の心の奥底に巣食う私特有の趣向・性癖とでも言うべき事について諸々書かせていただきたい。
これまで、女性にはもちろん、友人、知人、そして家人にも、もちろん話したこともない内容である。

自分がこれまでに思ってきた事、感じてきた事が、同好のマニア諸氏と比べてもやはり変わっているのかさえも実は判らないので、思いきって記述して公表してみたくなったものである。
話があっちこっちに飛び、ランダムで取り止め無く、文脈がかなり読みにくい文章だと思う。
その上、DIDに関係ない私のフェチ話や、稚拙でかなり噴飯物の下らない思い出話を書き連ねるが、文章を読まれて、一部分だけについてでも結構なので、感想をいただければ幸いである。




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