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幸せな結末・3章

第3章

猿轡を噛み縛ばり、息を呑んでドアの方を見詰める千里の視線の先に、後輩秘書の真中由紀恵の姿が入ってきた。
周りの視線を気にしながら、社長室の重厚な重いドアを物音をたてないようにそっと開けて、部屋に入ると、ゆっくりとドアを閉め、鍵をかけた。
「せんぱぁいィ〜」と小さな声で由紀恵が部屋中をキョロキョロ見回しながら呼びかける。
入って来たのが、後輩の由紀恵とわかり、千里は安心して、声を出した。
「ムムンンンンン」と呻き声を千里が上げると、ソファの床に転がされた千里を由紀恵が目敏く見付け、あわてて駆け寄ってきた。
「先輩大丈夫ですか?。どうしたんです?、でも、よかった無事で。」
そう言いながら、まずネクタイの猿轡の結び目をうなじで解き、口の中から詰め物を取り出してくれた。
「フォ〜!」と大きな息を出す千里。
由紀恵がロープの縛めを素早く解きながら話を続けた。
「先輩の顔色が急に悪くなって、何か思い詰めたような顔で秘書課を出て行かれたので、とても気になったんです。いやな予感っていうんですか?それで、社長室を窺っていたんです。そしたら、村上室長たちだけが出てきて、ゴロツキみたいな男たちがゾロゾロ出てくるんで、絶対変だと思ってました。先輩、何があったんですか?」
すでに、縛めは解ききっていて、千里は肌蹴たブラジャーのずれを修正しているところだ。
「由紀恵ちゃん、ホントありがとう。助かったわ。・・・あとで、ゆっくり話すわ。社内が大変なことになってるの。ここじゃ話せない、でも、一大事なの!。」
深刻な顔で頷きながら由紀恵が、床に散らばった千里の所持品をバックに戻している。

真中由紀恵は、入社2年目の後輩秘書で、一番千里が目をかけている子だ。
背格好や目鼻立ちがとても千里と似ていて、色白で性格も明るく、一人っ子の千里は実の妹のように可愛く思っていた。
実は千里は、母ひとり子ひとりの家庭で、父親の存在すら知らずに育ったのだ。
結局、母は父親のことを一言も話さず、昨年他界した。
由紀恵は言葉使いが綺麗でしかも丁寧で好感が持てた。
人懐っこく甘えてくる後輩が、妹のように感じて凄く可愛く特別親近感を覚えていた。
由紀恵もかなりのレベルの美人だと千里は思うのだが、聞こえてくる社内の評価は、「千里が太陽なら由紀恵は月」というくらい2人の美貌には大きな差がある、ということになっている。

綺麗に身嗜みを整え直した千里は、由紀恵からバックを返してもらうと、
「とにかく社外に出たいわ。出来るだけ人と合わずに社外に出たいの。」と言った。
千里は警察に連絡するべきかどうかを、考えていた。
しかし、まず社長拉致の真偽を確かめるのが先決であると思った。
信じられる人物は、九十九相談役しかいない気がしている。
まず、田園調布の相談役邸に駆け込みたかった。
「先輩、地下の駐車場に車を準備してるんです。そこにいきましょう。エレベータはやめて階段を使いましょう。途中怪しまれないように、化粧や髪のセットも直して下さい。そんな髪や顔じゃ、見た人間が怪しみます。」
床の上で必死に暴れた千里の顔と髪が乱れている。
「ありがとう。」そう言うと、2人はそっと社長室のドアを開け、廊下に人の気配がないのを確かめて、部屋を出た。
階段を下り、途中の階のトイレで素早く身嗜みを整えた。
簡単に化粧をして、髪を綺麗に整えた。
そして、普段の千里のように颯爽と歩きながら、ロビーを窺いながら地下駐車場までやってきた。
途中、数人の社員とすれ違ったが、誰も千里に特別な視線は向けない。
ほっとした気持ちで、由紀恵の後をついていく。
由紀恵が、地下駐車場の黒い8人乗りの大型ワゴン車に導いていき、ドアを開けた。
「先輩は、見られないように後部座席で身を屈めていて下さい。」
言われた通り、千里は後部座席の床に身を伏せた。
由紀恵が、「もう、ここまでくれば一安心ですね。」
と言いながら、怪しまれないように慎重に車を発進させて、地上にでた。

11月なのに日本晴れである。
雲ひとつない明るい空がぱっと広がった。
明るい光が、眼に眩しいほど、屋外はよく晴れている。
しかし、ワゴン車の周りにはブラックフィルムが張られ、外からは中の様子が伺い知れないのだ。
「フゥ〜」と千里も安心感から大きな息を吐き出した。

由紀恵の運転する車が、丸の内のビル街をぐるりと一周したあと、何故か突然、ビルとビルの脇道に入った。
ビルとビルの死角の人気のない道で、車を止めた瞬間、ドアが開き男が1人乗り込んできたのだ。
「あ!」と言う間もなく、さっき社長室に居た黒服の男が素早く千里の居る後部座席に雪崩れ込み、千里の腕を掴んだ。
訳がわからず声を出せずに一瞬固まった時には、男の黒い拳銃が千里の左のわき腹に突き刺さっていた。
「おねえちゃん、静かにするんだぜ、これは脅しじゃないんだ。本物の弾が入ってるんだ。」
正面のフロントガラス以外はブラックフィルムを張ったワゴン車である。
外部からは中の様子は中々見えない。
由紀恵の助手席に村上も入ってきた。
由紀恵が運転席から降りるのと入れ替わりに黒服男が運転席に滑り込む。
由紀恵が今度は千里の座っている後部座席の2列目シートの右側に素早く移動してきたのである。
この間、千里は再び自分が捕らえられたと、頭が理解するまでの一瞬、思考が停止していて、言葉が出ない。
あっという間の異変だった。
拳銃を突きつけられたわき腹の冷たい重たさで、身体がフリーズしていたのである。
我に返った瞬間に、右側に座った由紀恵が千里の頬に小さな果物ナイフを当ててきた。
「いいかぁ、静かにするんだよ、おばさん!。声なんか出したら、その小皺の出来た目元にも赤いアイシャドーが出来ちまうわよ。」
普段の明るくて可愛い感じのする、どこかのお嬢様っぽい由紀恵とは、全くの別人である。
声にドスが利いてて凄みがある。彼女の素性が丸わかりになった。
手を動かそうとした瞬間、男から手首を掴まれ、由紀恵が千里に手錠をかけてきた。
両手を後ろに廻されると、後ろ手縛りに手錠を噛まされたのである。

村上が後部座席を振り返って、話かけてきた。
「由紀恵さん、ご苦労だったね。お疲れ様。」と言った後、そして、千里を見ながら、
「簡単に罠に引っかかってくれたね。見張りも置かずに、君を放置するとでも思ったのかい?。まあ、話はあとだ。とにかく騒がれてはまずいんでね。大人しくしてもらうよ。」
由紀恵が千里の頬を鷲づかみにしながら、また脅しつけてきた。
「さあ、おとなしく口を開けるんだよ!。」
しかし、すぐに口を開けようとしない千里に、更に追い討ちをかけてきた。
「さっさと開けねえかよ、このババア、ほらっあ!」
というと、ピンポン玉より2廻りくらい大きなゴムまりのような白いボールを口の中に捻じ込んできた。
必死に身体を揺すって拒絶しようとする千里に、
「静かにしろ!って言ってんのがわかんないのかよ、このクソババア!」
と由紀恵がまた喚く。黒服の男も千里の頤辺りを押さえつけようとしてきた。
千里の口の中に白いゴムボールがすっぽりと嵌めこまれた。
ちょうど、口いっぱいに入る大きさで、詰め込んだあと、由紀恵が顎を下から持ち上げて口を閉じさせようとする。
硬質なボールではなく、少しやわらかいボールが口の中に吸い付いて舌の動きを抑え込んだのである。
「さあ、早く唇を閉じな、」
と命じると、透明のビニール製の粘着テープを取り出し、唇よりちょっと大きめの大きさに切ると、千里の閉じた唇にぴったりと貼り付けてしまったのである。
少し遠くからや、瞬時に見たくらいでは、口にテープが貼られているのがわからない。
ボールを含んだ猿轡を噛まされているとは直ぐには解らないが、千里の声を完全に抹殺する機能的な猿轡が噛まされたのである。
拘束が完了したのを確認してから、ゆっくりとワゴン車が動き出した。
その時、助手席に座った社長室長の村上の携帯が鳴った。
副社長からだった。副社長の津川はもう一人の黒服の男をお供に別行動をとっていた。
一言二言喋ったあと、電話を切ると、車内にいる人間全員に聞こえるように、
「やはり、その女のアパートにもそれらしきものはなかったそうだ。・・・・・・・・・・
まあいい、箱根の別荘に着いたらたっぷり聞き出させてもらおうか?。しかし、白昼、東京のオフィスビルから女を誘拐して連れ出すのも骨が折れるもんだ。ホント由紀恵さんには感謝してるよ。全部君が筋書きを考えてくれたんだからな。」
「でもちょっと村上さん、このあとどうするんだい?。作戦変更したほうがいいんじゃないの?。この高森って女、いくら折檻しても大人しくゲロするような玉じゃないわよ。女同士だからわかるけど、気の強さは相当なもんだよ。それに本当に探し物の在りかを知ってるのかい?。」小娘の由紀恵が室長の村上にタメ口をきいた。
言われた村上が「う〜ん」と考えこんでいる。

車は丸の内を一廻りしてから再び九十九商事のビルの前の信号に一旦停止している。
社外には、丁度千里が知っている営業部の若手男性2人が笑いながら歩道を歩いている。
声を出して助けを呼びたくても、呻き声しか出せない、そしてきっと聞こえないのである。
舌を抑え込んだゴムボールが憎らしい。
千里は傍に座る由紀恵を睨みつけた。
由紀恵が笑いながら勝ち誇ったように上品な言葉で、千里に言った。
「ほら、自分の会社をよく見てなさい、これが見納めになるのよ。2度とここには帰ってこないのよ。さよならするのね。はははは。」と由紀恵が傍で大笑いしたのである。






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