第4章
千里たち男女5人が乗ったワゴン車は、丸の内から、銀座の中心街をゆっくりと進んでいった。
平日のお昼だが、相変わらず買い物客たちや、ビジネスマンたちで凄い人通りである。
でも誰一人、車道に信号待ちで停まっているワゴン車の中に凄い美人が猿轡を噛まされて拉致されていこうとしているとは思わない。
千里は、懇願するような気持ちで窓の外を見やっていた。
誰か口にテープを貼られた自分に気付いてくれないかしら、というささやかな願望である。
信号待ちで再び車が止まった。
派出所のそばでは警邏中の警察官2人がブラックフィルムを張った自分たちのワゴン車の方をじっと見ている。
千里には自分と警察官との目が合ったように感じた。
「ムムムムムンンンン」と警察官に向かって思いっきり声を出してみた。
「静かにしなさい」と言って由紀恵がたしなめる。
しかし、無情にも警察官は気付かずに視線を逸らした。車が動き出した。
「はははは、残念だったな、お嬢さん!」と運転している男が笑うと、みんなが大笑いした。
千里だけが、口惜しさを噛み殺すように、口の中のゴムボールを噛み縛った。
車は銀座を抜け、首都高のランプに向かいだした。
由紀恵が綺麗に着こなしている千里のスーツの上から、バストを鷲づかみにして、
「こんな貧弱な胸に鍵を隠してたんですって!、フン。女の浅知恵ってよく言ったものね。しかし、あんたも大変なものを預かったもんだね。こんな目に遭うなんてとんだ災難ね、おばさん。どお?、今の気分は?」
さすがの千里もちょっと切れた。
(囚われている自分の立場を考えろ)、という背後霊の声が千里には聞こえないようだ。
「ウグググググ、ムググムググ・・」
(ちょっと、何回もおばさんって、どういう事!。その上ババアだって、ふざけんじゃないわよ。この貧乳女!。お前みたいなのからそんな事言われる筋合いじゃねえんだよ。この前だって、渋谷で女子大生に間違われたんだよ。てめえのほうがよっぽど老けてるじゃねえかよ。)
と怒りを込めてパンプスで由紀恵の足を踏みつけたのである。
更に、「ムムムンンン」
(ババアとか、おばさんって言われて黙ってられるほど私は柔じゃないのよ)
と声にならないとわかっていながら千里は喚いた。
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」
と足を踏まれた由紀恵が怒って、千里の右の頬に激しい平手打ちが飛んだ。
「ちょっとお嬢!、大事な人質ですぜ、それに社長を誘き出して用が済んだら、シャブ漬けにして香港に売り飛ばす大事な玉ですぜ、丁寧に扱って下さいな。」
と拳銃を持っていた男が止めに入った。
千里を睨みつける由紀恵。頬を張られて涙目になりながらも物凄い顔で睨み返す千里。
凄い女の眼の火花が散った。
車は首都高を過ぎ、東名高速に入っていた。箱根にある九十九商事の別荘に向かっていた。
会社の保養所ということになっているが、利用できるのは数人の幹部のみである。
「まったく、この高森って女が私は気に入らないんだよ、ちょっとばかし美人だからって、会社中の男がみんな高森さん、高森さんって。何様だよ、いつかたっぷり痛い目にあわせようって考えてたんだ。」
千里には、あんなに可愛がっていた後輩の真中由紀恵の今の姿が信じられない。
完全に自分の前で猫を被っていたのである。
裏切り者をみるような目で由紀恵を凝視していた。
「ふふふ、信じられないって顔してんだね。それじゃ、私が誰か教えてやるよ。私は深川一帯を取り仕切ってる「大江戸組」の3代目の娘なんだよ、どお?驚いたかい?つまり極道の娘って訳さ、下町に行って「ごくせんの由紀ねえ」って言えばみんな避けて通るんだよ。」
千里が驚いたような顔で由紀恵を見詰めている。
他の男たちは皆ニヤついて聞いている。
「何でそんなのが、天下の九十九商事に入れたかって?、ふふふ、・・・・・そこに居る村上さんと副社長の津川さんが連れ立って、学生時代にバイトしてた店に遊びに来たのさ。ふふ。何の店かわかるかい?ふふ、SMクラブなんだよ。2人して私を店の外のマンションに連れ出して縛ったり猿轡したりして遊んだんだよね。そこをうちの若い連中が写真でパチリって訳さ。そおよね、村上さ〜ん。」
村上室長はバツの悪そうな顔で、正面を向いたまま黙っている。
「それで、津川さんと村上さんにおねだりして、いっぱいお小遣い貰ったって訳さ。就職まで世話して貰っちゃってさ。その上、この2人とんでもない人達たちなんだよ。先物取引とかいう博打みてえなもんを会社に黙ってやったらしくて、会社の金、何十億も穴空けてるんだよね、そうよね、村上さん。会社にばれない様に、色々細工やったらしいだけどさ、とうとう隠し切れなくなって、今度の事を思いついたって訳さ。」
5人が由紀恵のおしゃべりに神妙に耳を傾けているとき、ワゴン車の後ろから1台の中古の4ドアセダンが尾行している事に誰も気付いていなかった。